小田康徳教授が最終講義

母校だより | 2014年3月16日 21:38

■小田康徳教授 最終講義

「公害問題史と近代地域史研究」~研究生活を振り返る~

母校・大阪電気通信大学の小田康徳・人間科学研究センター教授が定年を前にして、3月15日、寝屋川キャンパスA-115の大会議室で最終講義が行い、主として行った研究テーマの明治前期大阪編年史などについて話されました。小田教授は1984年4月に大阪電気通信大学に赴任後30年間にわたり現代史・公害関係の教科を担当され、その間多くの卒業研究生も預かって教育研究に携わりました。

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小田康徳 人間科学研究センター教授

講義の概要は以下のようでありました。

私の公害問題史の研究は1971年に関西大学大学院に移ったのが始まりです。小山仁示先生の「歴史をやらないか」との思いもよらぬ問題提起に「おもしろいですね」と言ってしまったんです。そこで、何をやるか、大阪をやろうということになって、図書館で新聞を調べることから始めました。当時、活字になっているだけでも膨大な資料があるのに驚いたものです。
地域研究史への関わりは、73年に博士課程に進むと同時に和歌山市史編纂室嘱託に採用されてからです。和歌山に下宿して、旧村役場の膨大な行政文書を調べることから始めましたが、休みの日は自転車で走りまわり、道を覚え、言葉を覚え、地元の人と気持ちが通い合うことの大切さを知りました。地方の資料を日常的に見るようになると、文書を作った人の気持ちを考えるようになります。
和歌山に8年いたあと、81年に大阪に居を移し、大阪市史料調査会で「明治前期大阪編年史」の再編纂事業に従事しました。朝から晩まで新聞を調べましたが、これは大阪電気通信大学に来てからも、お願いして続けました。
「資料を通して事実を知る」・・これが、長い研究生活で得た原則であり、大事にしなければならないことだと思います。いままでやってきたことを一冊の本にまとめた記録が、きのう届きました。うまくいかなかったことの方が多いし、書き残したこともありますが、自分という人間の現時点における客観的総括のための材料をまとめて提供することも必要と考えたからです。

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公害問題視を講演する小田教授

【略歴】
1970年大阪大学文学部史学会国史学専攻卒業。73年関西大学大学院文学研究科日本史学修士課程修了、76年同博士課程所定単位取得退学。和歌山市史編纂室、大阪市史料調査会などを経て、84年大阪電気通信大学講師。95年教授。文学博士。現在、公害地域再生センター(あおぞら財団)付属西淀川・公害と環境資料館(エコミューズ)館長、NPO法人旧真田山陸軍墓地とその保存を考える会理事長。

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「出版」

◎歴史に灯りを
小田教授は3月、これまでの研究生活をまとめた「歴史に灯りを」を阿吽社から出版しました。定価3,200円+税。