来年は5団体で合同懇親会!

友電会だより | 2002年7月 2日 10:50

平成14年度、友電会総会・合同懇親会
総会担当企画部会長、観野福太郎

■合同懇親会にご参加、有難うございました

「絆」をテーマに、三団体合同懇親会は、6月29日、四条畷学舎で開催しました。雨模様 の天候にもかかわらず多くの皆様にご参加頂き、スタッフ一同を代表致しまして心より御礼を申し上げます。また、お忙しい中、来賓としてご臨席を賜りまし た、福田國禰理事長、元場俊雄学長、それに学園関係者の皆様に厚く御礼を申し上げます。有難うございました。今回が初めて。

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元場学長の挨拶 福田理事長と中山修友電会会長

なお、懇親会では、㈱オーイーシーユーと「ポムの樹」の計らいで、近畿ペプシコーラ販売㈱からビールやジュースなどの飲み物を無償で提供して下さいましたことを報告しておきます。(懇親会の詳細は別原稿をご覧下さい)


■来年は5団体で懇親会を。代表者が表明!

懇親会のビッグニュースは「来年の懇親会は5団体でやりましょう」と声があがり、代表が 誓い合ったことです。閉会の挨拶での出来事。大平富義後援会会長と中山修友電会会長が挨拶した後、吉岡勝治校友会会長、植村行雄高校同窓会副会長らが「学 園発展のため力をあわせましょう」と力強く宣言をしました。

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左から太田緑樹会会長代理、大平後援会会長、吉岡校友会会長、綱高校長、元場学長

■学園を中心に心はひとつ。縁を大切に!

学園には母校を中心に縁(えにし)で結ばれた5団体があります。教職員OB会「緑樹 会」、在学生父母の会「後援会」、「高校同窓会」、短大同窓会「校友会」、友電会。今回の懇親会は、「緑樹会」、「後援会」、友電会の三団体が合同で開催 したもので、各団体が一堂に会し、絆を深めたいと呼びかけ実現しました。計画当初は「本当に出来るのか」と心配しておりましたが、一部担当者の勘違いから くるトラブルはあったものの、スタッフ一丸となり成功裏に終えることが出来ました。

■合同懇親会は同窓の願い。連合に向けた第一歩!

大学短大には電通高校出身者が多く、合同開催を願う声が以前から聞かれていました。各団体が合同開催にむけ努力されることと思いますが、実現しますと友電会の念願でした同窓会の連合を含む「学園の絆」が出来上がります。期待しましょう。

■応援団の演舞と儀礼に感動。身の引き締まる思い!

各団体が総会を終え、懇親会場に入られる皆様を音楽でお迎えしたのが「吹奏楽団」の学生諸君。洗練された音楽にしばし聞き入っていました。

圧巻だったのは応援団。大学歌斉唱の前、「学園関係者並びに友電会会員の物故者の御霊様 に、大学旗をとおし黙祷を捧げます」と、声がかかると、ざわめいていた会場は一瞬にして静まりかえりました。黙祷を終えて、リーダー、金谷宋明団長の響き 渡る声にあわせ大学歌が斉唱されました。大学歌を歌いながら、今は亡き恩師・友人のことが走馬灯のように脳裏を駆け巡ったのは、私だけではなかったことで しょう。

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応援団によるエール 吹奏楽団による学歌演奏

クライマックスは参加者にエールが送られたとき。学園にエールを送った後、「学園関係者並びに在学生を代表し、皆様のご健勝とご多幸をお祈りし、エールを送ります」と、エールを送られた同窓生、直立不動で受け止めていました。

■和やかな雰囲気づくりの音楽。さすが軽音OBバンド

彩りを添えてくれたのが軽音楽部OBウエスタンバンド。約30分の演奏でしたが、 見事な演奏に誘われ、ダンスを踊り出す―カップル〟の姿も見られました。三浦OB会長の呼びかけ(別原稿参照)を伝えておきます。クラブOB会の皆さん、 総会・懇親会を新しい出会いの場にして下さい。

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OBウエスタンバンド

■先生、今度は私たちがお世話させて頂きます!

懇親会の中で、恩師から「ご苦労さんでした。教え子と語り合えるのはいいねぇ。来年も宜 しく」とねぎらいの言葉をかけて頂いた上、後援会のお母さんから「活発はOB会ですね。感心しました。就職も安心していますよ」と期待の声を頂きました。 その昔、お世話をして頂いた恩師・職員OBの皆様、「今度は教え子の私たちにお世話をさせて下さい」。
最後になりましたが、会場設営や受付などご協力頂きました皆様に感謝致します。有難うございました。
会友の皆さん、来年の総会懇親会でお会いしましょう。

■軽音楽部OB会、三浦会長より

大阪電通大 軽音楽部OB会 各位
昨日、四条畷学舎にて催された「友電会総会 懇親会」に参加してきました。下野さん、平等路さんグループが懐かしいカントリーソングで会を盛り上げ、素 晴らしい演奏と歌で全員久しぶりに若き日を思い出して・・・軽音OBの面々はもとより懐かしい顔ぶれにも多数お会いできて大変楽しい半日でした。

 

小生は四条畷学舎を初めて訪れましたが、なかなか立派な設備で驚きました。大学施設としては十分。懐かしい寝屋川学舎とは大違いです。

途中から中尾先生もお見えになり、周りに軽音OBが一斉に集まったのには先生も大喜びされていたご様子でした。先生がお元気なうちに一度「軽音OB会」で何かやりたいですね。

■軽音楽部OB会会長、三 浦 聡 之  JA3CZY
Email:ja3czy@cup.com

■清滝はハイテク産業発信の地
四条畷市立歴史民族資料館提供の資料によりますと、古墳時代は渡来人により新しい文化が持ち込まれ、社会が多様化。四条畷市でも古墳時代前期に忍丘(し のぶがおか)古墳、後期には清滝古墳群、大上古墳群などが造られました。残念ながら当時の原形はとどめていないそうです。

清滝あたりを「河内湖畔」といい、5世紀から6世紀にかけて朝鮮半島から運ばれた馬を飼育する牧で、「日本書紀」にも継体天皇が樟葉で即位されたとき、 河内の馬飼い「荒籠(あらこ)」の活躍が述べられています。その馬とともに新しい焼き物の技術がもたらされました。須恵器です。弥生時代の土器と違い、軽 く水を入れても漏らない便利な土器でした。

朝鮮半島から持ち込まれた土器を<韓式土器>、渡来人によって日本で製作されたものと、韓式土器をまねて作った土器を<韓式系土器>と区別しています が、清滝古墳群の近くで多く出土しています。須恵器は登り窯によって高温で焼きますが、この古代ハイテク産業は大量生産できることから技術は広まっていき ました。

「清滝」は古代のハイテク発信基地、四条畷学舎が現代のハイテク発信基地となって欲しいもの。

■清滝瀑布
国道163号沿い、清滝池(新池)の東より南へはいる小道あり。入口に大師堂が建ち、渓流に沿って500mで目的地に着く。15mほどの滝あって修行の 場となる。(中略)滝に打たれて一心不乱、突如として神の啓示をうけて、光明を見出す。その光明神の名称を石碑に刻して新酒を捧げ、シメナワを張って霊場 となす。清い滝なるゆえに清滝と称し、付近の地名となり、大きく発展して大字名ともなった。
(四条畷市立歴史民族資料館提供の資料より)